2011年9月19日月曜日

正岡子規没後110年: 糸瓜忌

松山市立子規記念博物館では、正岡子規の命日、19日の「糸瓜(へちま)忌」
の前後、「子規没後110年祭」と銘打って多彩な催しが行われている。


正岡 子規(1867年10月14日 - 1902年9月19日)は、日本の俳人、歌人、国語
学研究家であり、明治時代を代表する文学者の一人である。

1897年に俳句雑誌『ホトトギス』を創刊し、俳句分類や与謝蕪村などを研究し、
俳句の世界に大きく貢献した。漱石の下宿に同宿して過ごし、俳句会などを開
いた。

雅号の子規とはホトトギスの異称で、結核を病み喀血した自分自身を、血を吐
くまで鳴くと言われるホトトギスに喩えたものである。

誰もが一度は耳にした句、

柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺

は、子規の句である。

JR松山駅前にある句碑には、


春や昔 十五万石の 城下哉

が刻まれている。

参考資料
正岡子規
松山市 子規記念博物館

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